「うちの息子、学校の池に2回はまったんです」
——この話を発達障害の親の会でしたら、複数の親御さんから「うちもです」の声が。
「あるある」だったみたいです。
はじめに
突然ですが、お子さんは学校の池にはまったことがありますか?
そんな質問から始める記事なんて、滅多にないと思います。
でも、ADHDのお子さんを育てている親御さんの中には、思わず笑ってしまった方も多い のではないでしょうか。これは、信じられないけれど本当の、我が家の小5息子の物語です。
そして、「ADHDあるある」を語り合うことで、同じ立場の親御さんと「あぁ、うちだけじゃないんだ」と笑い飛ばせる、そんな記事にしたいと思います。
1回目の池ハプニング
最初は、息子が小学2年生の頃。
学校から電話がかかってきました。
「保護者の方、息子さんが…池にはまりまして」
担任の先生の声が、どこか申し訳なさそうな、でもどこか可笑しさを必死で押し殺しているような、不思議なトーンでした。
幸い、池は浅く、息子は無事。びしょびしょになって職員室で待っていました。
帰ってきた息子に「どうして池にはまったの?」と聞くと、答えはこうでした。
「滑り込んだ」のではなく、「身を乗り出して、そのまま落ちた」と。
「気をつけてね」「池の縁では走らないで」と何度も伝え、その日は終わりました。
2回目の池ハプニング
それから1年後、息子が3年生になった頃。
また、学校から電話がかかってきました。
「保護者の方、また息子さんが…」
まさか同じ池に、また落ちたの、と耳を疑いました。
今度は虫だったそうです。池の縁にいた、息子から見て珍しい虫。それを観察しようと身を乗り出して、そのまま——。
幸い、これも怪我には至らず。職員室で着替えを借りて、本人はケロッとしていました。
「怒るのも違う」「叱っても次は防げない」「でも何かしないと」——親としてどうしていいか分からなくなる、そんな出来事でした。
なぜ2回もはまる?ADHDの衝動性と過集中
「なぜ2回もはまるのか?」
この問いの答えは、ADHDの2つの特性に集約されます。
衝動性
ADHDのお子さんは、「思いつく → 行動する」の間に、ブレーキがかかりにくい傾向があります。
「面白そうなものを見つけた」 → 「もっとよく見たい」 → 「身を乗り出そう」
普通なら「でも危ないかも」というブレーキがかかるのですが、ADHDの場合、このブレーキが弱いまま、行動が先行することがあります。
過集中
加えて、興味の対象を見つけると、それ以外のことが見えなくなる「過集中」という特性もあります。
「虫」に意識が完全に向くと、足元の池の存在も、自分のバランスも、消えてしまう。世界に「虫」しか映っていない状態 です。
衝動性 × 過集中 = 「池に落ちる」が完成する、というメカニズム。
息子に「次は気をつけて」と言うのは、この特性に対しては効果が薄い。「気をつける」が認知のレベルで起きないことが多い のです。
親の会で「ADHDあるある」だった件
このエピソードを、発達障害の親の会で話したことがあります。
「うちの息子、池に2回はまったんですよ。信じられます?」
すると、その場にいた他の親御さんたちから、衝撃の反応が。
「うちも、息子が池にはまりました」
「毎年、誰か一人はクラスに池にはまる子がいるんですよ」
「うちは川に落ちました」
それまで「世の中に、池に2回もはまる子がそうそういるか?」と思っていた私は、絶句しました。
「池ハプニングはADHDあるある」だった。それを知っただけで、一気に肩の力が抜けました。
「うちだけじゃないんだ」「笑い話にしていい話だったんだ」——同じ立場の親同士で経験を共有することの、計り知れない癒しの効果を、初めて体感した瞬間でした。
他の「ADHDあるある」エピソード集
「池ハプニング」と同じレベルの「信じがたいけど本当」のエピソードを、親の会や私自身の経験から集めてみました。ADHDのお子さんを持つ親御さんなら、きっとどれかに頷いていただけるはず。
朝の支度系
- 着替えの途中で、なぜか別のことを始める(漫画を読み始める、楽器を弾き始める、虫を観察し始める)
- 朝食を食べながら、いつのまにか動画を見ている(食べ物が冷める)
- 靴下を片方だけ履いた状態で家を出ようとする
- 歯ブラシを口に入れたまま、別の部屋に移動する
持ち物・忘れ物系
- 学校に教科書を「忘れる」のではなく「置き忘れる」(置きっぱなしで帰宅)
- 筆箱の中身が、毎日減っていく(でも本人は気づかない)
- 水筒を忘れて、代わりに何故かおもちゃを持っていく
- 学校に行く時に、なぜかランドセルを玄関に忘れる
行動系
- 横断歩道の途中で立ち止まって、空を見上げる
- 公園で遊んでいて、急に走り出して見えなくなる(親が必死で追いかける)
- エレベーターに乗ったまま、降りずに「楽しかった」と何往復もする
- 動物園で、動物より柵の側溝に夢中になる
食事系
- 食べたいものを言われたメニューと、まったく違うものを選ぶ(理由不明)
- 食事中に踊り出す
- 椅子の上に立ち上がって食べようとする
これらすべてに、共通しているのは「衝動性 × 興味のシフト」です。頭の中で「禁止」「危険」「常識」が、興味の前で簡単に消えてしまう。
「あぁ、これうちもある!」と笑ってしまったあなたへ——あなたは一人じゃありません。
「叱る」より「環境を変える」へ方針転換
池ハプニング2回目を経て、私たちが出した結論は、
「叱っても、ADHDの特性は変わらない」
ということでした。気をつけなさい・池の縁では走らない・身を乗り出さない——口で言っても、意識化されない場面が多すぎる。
そこで、方針を「叱る・諭す」から「環境を変える」へと転換しました。
学校との連携
担任の先生に、息子の特性を改めて共有しました。「興味が向いたものに、ブレーキがかからない瞬間がある」と。先生は理解を示してくださり、休み時間に池の周辺で過ごさないよう、見守りを強化 してくれました。
視覚的なリマインダー
「危険な場所マップ」のようなイラストを息子と一緒に作りました。学校の池、用水路、踏切、駐車場など、危険な場所を絵で示し、「ここで立ち止まる」を可視化。
抽象的な「気をつけて」を、視覚的・具体的な「ここで立ち止まる」に変換しました。
「立ち止まる」を行動として教える
「気をつける」は曖昧な指示なので、ADHDの子には伝わりにくい。代わりに、
「池の周りでは、まず立ち止まる」
「気になるものを見たら、まず一歩下がる」
「興味のあるものは、家族に教える(自分一人で近づかない)」
という、具体的な行動指示 に翻訳しました。これは多少の効果を発揮しています。
親として学んだこと
池ハプニング2回事件から、私が学んだことは3つあります。
1. ADHDの特性は、叱責では変わらない
行動レベルで起きる衝動を、言葉のレベルで止めるのは、構造的に難しい。仕組み・環境・繰り返しの可視化 で対応するしかない。
2. 親の会の存在は、本当に救いになる
「うちもです」と言ってくれる人がいる場所。これは、発達特性のある子を育てる親にとって、精神的な命綱 だと思います。地域の親の会、オンラインのコミュニティ、SNSのグループ——どこでもいいので、繋がる場所を持つことを強くお勧めします。
3. 笑い話にできるエピソードは、財産
「池に2回はまった」は、当時はパニックだった出来事ですが、今では家族の笑い話。親が笑える物語に変換できれば、子どもにとっても「自分の特性は受け入れられている」というメッセージになります。
同じ立場の親御さんへ
もし、お子さんが似たようなハプニングを起こしたことがあるなら、まず一度深呼吸をして、こう思い出してください。
「これは、ADHDあるある、なのかもしれない」
そして、できれば親の会 に参加して、同じ経験をしている仲間と話してみてください。
「うちも池にはまったんですよ」「うちは川です」「うちは溝です」——そんな笑い話が、あなたの肩の力を抜いてくれるはずです。
おまけ:息子は今
小5になった今、息子は池にはまることはなくなりました(たぶん)。
代わりに、別の興味の対象に向かって、相変わらず「衝動 × 過集中」を発揮しています。レゴ、虫、スポーツ、料理、ゲーム——興味が向くたびに、それに全力で向かう姿は、見ていて圧倒されます。
「池にはまる衝動」が「才能を伸ばす集中力」に変わる日が、いつか来る——そう信じて、私たちは息子を見守り続けています。
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まとめ
「学校の池に2回はまった話」は、信じられないけれど本当の、ADHDあるあるエピソードです。
そして、これを笑い話として共有することが、同じ立場の親御さんの心を軽くする ことに繋がる、と私は信じています。
「うちだけじゃない」「この子の特性は受け入れられている」「いつか必ず花開く」——そんな安心感を、この記事から少しでも持ち帰っていただけたら嬉しいです。





