iPadとトロンボーンを失くした娘の話 — ASDと「実行機能の困難」

「ASDの子は几帳面で、整理整頓が得意」——そんなイメージはありませんか?
我が家のASDの娘は、iPadを2回、そして吹奏楽部のトロンボーンを1回、失くしました。
ASDの娘が、なぜ大きな物を失くすのか?その答えは「実行機能の困難」にあります。

目次

はじめに

ASDの子は、整理整頓が得意で、物を大切にする

iPadとトロンボーン、本当に大切なものだったの。

そんなステレオタイプを、聞いたことはないでしょうか。確かに、ASDのお子さんの中には、驚くほど几帳面で、物の配置にこだわりを持つタイプ の方もいます。

でも、それはASDの一側面に過ぎません

我が家の中3の娘は、ASDと診断されていますが、iPadを2回、吹奏楽部のトロンボーンを1回、それぞれ失くしてきました。「え、ASDなのに?」と驚かれる方も多いと思います。

この記事では、ASDの娘がなぜ大きな物を失くすのか、その背景にある「実行機能の困難」という特性について、我が家の体験と共にお伝えします。

「ASD = 几帳面」というイメージは、半分は当たっていて、半分は誤解だと思います。

iPad紛失事件 1回目

最初は、娘が中学1年生の頃。

学校から支給されたiPadが、ある日突然、家に帰ってこなくなりました。

iPad、どこにあるの?」と聞くと、

…分からない

と娘。普段は几帳面で、自分の本や文房具の置き場所を一切動かさない彼女が、学校支給の高価なiPadの行方が分からない——これは衝撃でした。

学校にも問い合わせたのですが、紛失場所が特定できず。後日、学校の体育館の奥で発見 されました。体育の時間に持参して、そのまま置き忘れてきた のです。

娘に「どうして体育館に置いてきたの?」と聞くと、

体育の時間が終わった後、本のことが気になって、すぐに教室に戻っちゃったの…。

気になる本のこと」が頭にあって、それで頭がいっぱいになり、iPadの存在を意識から完全に消してしまった のだそうです。

iPad紛失事件 2回目

それから半年後。

「ねえ、また iPad が…」

娘がため息混じりに告げてきました。まさか、また?

今度は、塾に行く時に持っていったiPadが、どこに置いたか分からない状態に。塾、駅、コンビニ、家——可能性のある場所を巡って、結局塾の自習室の机の引き出し で発見しました。

学校支給品だったので、紛失したら大事です。「次失くしたらどうしよう」という親の不安と、本人の落ち込みが両方ピークになった事件でした。

トロンボーン消失事件

最大の事件は、娘が中2の時。

吹奏楽部のトロンボーンを、学校から持って帰る途中で消失 させました。

トロンボーンは、ご存知の通り、かなり大きな楽器 です。専用ケースに入れて持ち運ぶのですが、それが学校から自宅までの道のりで消えました。

まさか、誰かに盗まれた?」と一瞬考えましたが、娘の話を聞くと、

バス停で立ち止まったら、何かに気を取られて、そのまま帰っちゃった

——つまり、バス停にトロンボーンを置いたまま バスに乗ってしまったのです。トロンボーンが手元にないことに気づいたのは、家に着いた後

幸い、バス停に戻ったらまだ置いてありました(良心的な街でよかった…)。

トロンボーン1本、バス停に置き忘れる…っていう経験、なかなか他では聞かないですよね。

「ASD=整理整頓が得意」という誤解

ここまでの3つの事件で、私たちが直面したのは「ASDだから物を大切にする」という思い込みの限界 です。

確かに、娘は自分のこだわりのあるもの(本、特定のキャラクターのグッズなど)については、並べる順番、置き場所、向き まで完璧に把握しています。これらは何があっても失くしません。

でも、「自分のこだわりの外」 にあるもの——iPad、トロンボーン、傘、上着——については、意識から簡単に抜け落ちる のです。

つまり、ASDのお子さんの整理整頓能力は、

興味の対象には、過剰なほど几帳面
興味の外には、意外なほど無頓着

という、極端な二面性を持つことが多い、ということです。

「実行機能」とは何か?

このASDの娘の「大きな物を失くす」現象の背景には、「実行機能(Executive Function)の困難」という特性があります。

実行機能とは

実行機能とは、簡単に言えば「目標に向かって行動を組み立てる脳の働き」のこと。具体的には:

  • 計画立案(何をどの順序でやるか考える力)
  • 作業記憶(複数のことを頭に置きながら作業する力)
  • 注意の切り替え(状況に応じて意識を別の対象に向ける力)
  • 抑制制御(衝動を抑えて、適切な行動を選ぶ力)
  • メタ認知(自分の行動を客観視する力)

これらが、私たちが日常生活を「自然にこなす」基盤になっている脳機能です。

ASDの実行機能の特徴

ASDは、実行機能の働き方に独自のパターン があります。すべてのASDの方に当てはまるわけではありませんが、研究で示されているのは¹:

  • 計画立案や柔軟な切り替えが苦手な傾向
  • 細部に強く、全体を見るのが苦手な傾向
  • 「興味の対象」と「他のすべて」の優先順位が極端

実行機能の困難は、ADHDの特徴としてよく語られますが、実はASDにも見られる特性 です。これが、娘の「大きな物を失くす」現象の背景にあります。

📚 補足: 私自身、「実行機能」の概念をしっかり理解できたのは、Audible(オーディブル)で聴いた発達障害関連の専門書がきっかけでした。子どもの寝かしつけ後や家事の合間に「ながら聴き」できるオーディオブックは、忙しい発達子育てに本当に救いです。
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過集中が裏目に出る瞬間

娘の場合、特に顕著なのが「過集中の暴走」です。

ASDのお子さんは、興味の対象を見つけると、周囲のすべてが消える ほど深く没入することがあります。これは大きな強みでもあり、勉強や好きな分野では驚くような成果を生むのですが、日常生活では「他のことを忘れる」現象を引き起こします。

娘の場合の典型的なパターン

  1. 何かに興味を持つ(本のこと、好きなキャラクターのこと、計算問題のこと…)
  2. その思考に頭が完全に占有される
  3. 手元の物の存在が意識から消える
  4. 物理的に物を置いたまま、その場を離れる
  5. 時間が経って、ようやく「あれ?」と気づく

このパターンは、本人が「気をつけよう」と思っても、完全には防げない のです。なぜなら、過集中は「気をつける」という意識的なコントロールが及ばない領域で起きるから。

我が家の対応:仕組みで支える4つの工夫

「気をつける」では限界がある——そう悟った私たちは、仕組み で娘を支える方針に切り替えました。

1. 配置場所の徹底的な固定

家での持ち物の置き場所を、完全に固定 しました。

  • iPadは、玄関入って3歩目の右側の棚の、上から2段目 にしか置かない
  • トロンボーンは、自分の部屋の左側の壁際 にしか置かない
  • 学校から帰ったら、まずこの場所に置く という行動を儀式化

ASDの娘の「こだわり」を逆手に取って、置き場所自体をこだわりの対象 に変えました。これは効果的でした。

2. 視覚的なリマインダー

家のドアに、「これを持って出る」リストを貼りました。

[ ] iPad
[ ] 教科書
[ ] 部活道具
[ ] お弁当
[ ] 連絡帳
[ ] 鍵

朝、家を出る時、玄関のリストを目で確認することを習慣化しました。頭の中で覚えるのではなく、外部の視覚情報に頼る アプローチです。

3. AirTagの装着

これが革命でした。

iPad、トロンボーン、お気に入りのバッグ——大事な物にはすべてAirTagを装着 しました。

これで「失くしたかも」と思った瞬間に、iPhoneの「探す」アプリで位置を特定 できるようになりました。
– 物の位置がリアルタイムで見える
– 音を鳴らして、家の中でも見つけやすい
– 全国のiPhoneユーザーが、間接的に発見の手助けをしてくれる「探すネットワーク

もしまた失くしても、AirTagがあれば見つけられる」という保険があるだけで、親も娘も精神的なゆとり が大きく変わりました。

AirTagについては、別記事で詳しくお伝えしようと思っています。

4. ToDoチェッカーの活用

玄関に卓上型のToDoチェッカー を設置し、家を出る前に必ず項目をチェックする習慣を作りました。

  • 「iPadを鞄に入れた」
  • 「教科書を確認した」
  • 「お弁当を持った」

紙のチェックリストと違い、何をチェックしたか親も視覚的に確認できる ので、出発前の最終確認が確実になります。

学んだこと

iPadとトロンボーン紛失事件から、私が学んだことは3つあります。

1. ASDのお子さんの「整理整頓」イメージは、実は限定的

「ASDだから几帳面」という見方は、ASDのお子さんの自尊心を不当に下げる ことがあります。「あなた、ASDなのに、なんで物を失くすの?」という言葉は、本人も「自分はおかしい」と感じてしまいます。

実際は、ASDの実行機能の困難は、多くの方に見られる特性「物を失くすASDの子」も、まったく普通に存在する のです。

2. 仕組みで支える方が、本人を変えるより効率的

気をつけて」「しっかりして」を100回言うより、置き場所を固定する・チェックリストを置く・AirTagをつける の方が、はるかに効果的でした。

これは、ASDだけでなくADHDにも共通する真理です。親の脳みそ・子の脳みそだけに頼るのではなく、外部の仕組みに頼る という発想の転換が、生活を劇的に楽にします。

3. 親の安心が、子の自己肯定感を守る

また失くすかも」という不安が小さくなることで、親の声かけが穏やか になりました。「また失くしたの!?」という叱責が減ると、本人も「自分はダメな人間ではない」と感じられます。

仕組みは、子どもだけでなく、親の心の余裕も守ってくれる のです。

同じ立場の親御さんへ

もし、あなたのお子さんが、ASDなのに大きな物を失くすことに悩んでいるなら、こう思い出してください。

「これは、ASDの実行機能の困難の現れかもしれない」
「叱るより、仕組みで支える方が効く」
「AirTagやToDoチェッカーは、親子両方を救う」

この子、ASDだから几帳面なはずなのに」と自分を責めないでください。お子さんもあなたも、何も間違っていません。

「ASDだから○○のはず」を一回手放すと、子どもの本当の姿が見えてきます。

実行機能の困難は、ASDの一面ですが、仕組みで補える 領域でもあります。お子さんのありのままを受け入れた上で、生活が回る仕組みを作ってあげる——それが、親としてできる最大のサポートだと思います。

おまけ:娘は今

中3になった今、娘はiPadもトロンボーンも、安定して持ち帰れるようになりました。

AirTagの導入から1年半、置き場所の固定とチェックリストの定着、そして本人の成長(脳の発達は20代まで続きます)も合わさって、「失くす不安」を抱えずに毎日を過ごせる ようになりました。

仕組みで支えられた経験」は、本人の自己肯定感にもつながっているようです。「自分は失くしやすい特性があるけど、工夫すればなんとかなる」という確信を、彼女は持てるようになりました。

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まとめ

ASDだから几帳面」というイメージは、ASDの一側面に過ぎません

実行機能の困難という特性により、ASDのお子さんでも大きな物を失くすことは普通にあります

でも、それは「意識の問題」ではなく「脳の働き方の特性」。仕組みで支えることで、生活は回るようになります。

我が家の場合、それは:

  • 置き場所の固定
  • 視覚的リマインダー(チェックリスト)
  • AirTagの装着
  • ToDoチェッカーの活用

の4つでした。

同じような悩みを持つ親御さんに、「うちもです」というメッセージと、具体的な対処法のヒントとして、この記事が役立てば幸いです。

出典・参考情報

  1. ASDと実行機能の関係についての研究は、以下の総説に詳しい:
    – Hill, E. L. (2004). “Executive dysfunction in autism.” Trends in Cognitive Sciences, 8(1), 26-32.
    – 国立精神・神経医療研究センター「自閉症スペクトラム障害」: https://kokoro.ncnp.go.jp/disease.php?@uid=qjjqEXcjeEVDZpvK

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この記事を書いた人

ASDの娘(中3)とADHDの息子(小5)を持つ40代の親です。
普段はAIエンジニア・ソフトウェア開発者 として、仕事をしており、ChatGPTのようなAI技術を使ったソフトウェア を作るのが本業です。

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